この四半世紀の間、一体何十人、いや何百人の人に『CHESS』のアルバムを聴かせてきただろうか?「ABBAって、こんな曲も作るんだ」「ABBAらしくないね」そんな言葉を毎回浴びせられた。だが小学生の頃からABBAを聴いている身としては『CHESS』の楽曲は〝やっぱりABBAサウンド〝だし、これが「ABBAサウンドじゃない」と言う人達を懐疑的に見るしかなかった。最も悔しいのは『CHESS』はビヨルンとベニーが全曲作詩作曲したんだ、と言っても「ビヨルンって誰?」「ベニーって何者?」そこから説明しなければいけないことだ。『CHESS』の楽曲が発表された1984年はABBAが活動停止して間もないころであり、あの頃は、いつかはABBAは活動を再開するものだと信じていた。だがABBAの日本での販売権を持っていたレコード会社は倒産しちゃうし、今みたいにネットで世界中から情報を得ることができない時代だったから、現地に行って取材するしか情報を手に入れる手段はなかった。今では考えられないだろう。
「お前いつからクラシック聴くようになったんだ?」「これってオペラか?」学生時代、車で『CHESS』のアルバムをかけていた時、友人達から言われた言葉は今でもハッキリ覚えている。「これはABBAのビヨルン・ベニーが作った曲だよ」そう説明しても「えっ?ABBA?懐かしいね」「ABBAはもう過去形でしょう」そんな言葉を一緒にABBAを聴いてきた世代の同級生から言われたのは大変ショックだった。
今でもそうだ。『CHESS』の楽曲を聴かせても、よほどのABBAファンではないと、これがビヨルン・ベニーの曲だとはわからない。恐らくABBAを好きだと言っていながら『CHESS』はABBAじゃないと否定する人達に共通しているのは①ABBAの曲はダンスミュージックあるいはディスコミュージックだけだと勘違いしている②アグネタとフリーダのハーモニーに酔いしれている。その両方かどちらかに起因しているのではないかと思う。だから、もしアグネタとフリーダが『CHESS』の楽曲を歌えば多分「ABBAサウンドだ!」と思うのだろう。『CHESS』の楽曲が紹介された頃、フリーダはジェネシスのフィル・コリンズが、アグネタはマイク・チャップマン、後にシカゴのピーター・セテラがプロデュースし、ソロで活動していた。世界中、あるいは日本でもそこそこヒットしたけど、結局はABBAのアグネタ、ABBAのフリーダを超えることはできなかった。当時アグネタもフリーダも「私たちの名前を聞いてもわからない人が多いの。でも〝ABBAの…〝とつけると皆、わかるのよ」と愚痴をこぼしていた時があった。日本においても「ABBAのアグネタがリリースした曲」と紹介された。まあここまでは我慢できるとして最悪なのは「元アバの・・・」と言うフレーズだ。「元」って、脱退した人に付く呼称でしょう?アグネタもフリーダもABBAを脱退していないし、勝手に「元」とつけられても困ってしまう。だが、メディアも、音楽評論家と称する人達も皆「元アバ」を盛んにつけたがっていた。なぜABBAを素直に認め、理解しようとしないのか?メディアはなぜ、ABBAを知らない評論家に解説書を書かせるのか?そんなにBIGネームが必要なのか?
日本の音楽評論家は「『CHESS』はブロードウェイでこけた」と皆、けなす。「あなたは『CHESS』を観に行ったことがあるのですか?」と質問しても全員「観に行っていない」と言う。「観に行っていないのに、よく、評論できますね」と詰問すると、逃げてしまう。残念だ。
『CHESS』には大きく分けてロンドンオリジナル版、ブロードウェイ版、そして『CHESS IN CONCERT』版と3つにわかれる。『マンマ・ミーア!』もロンドンで上演されて12年。当初と今ではだいぶ変わっている。台詞が厚くなったり、あるいは逆に少なくなったり。役者も変わった。『CHESS』も今日まで台詞を削ったり、増やしたりして、編成されてきた。その中で『CHESS IN CONCERT』は最も洗練された、エクセレントな作品だと思っていただいてよいんじゃないだろうか。
『CHESS IN CONCERT』を楽しむ方法は〝二種類〝あると思う。一つは「思いっきりABBAに浸ってから観に行く」方法だ。ABBA最初のアルバム『リング・リング』から最後のアルバム『ザ・ビジターズ』まで歴史をたどって聴いてみるのだ。『マンマ・ミーア!』を観に行くのも手だ。どっぷりABBA色に染まっていくと『CHESS IN CONCERT』がABBAサウンドだとハッキリわかると思う。もう一つの方法はABBAに染まらずに単なる「クラシックのコンサート」として鑑賞してみることだ。『CHESS IN CONCERT』を観てからABBAを聴いてみるとABBAがいかに素晴らしいグループかがわかるのではないだろうか?
評論家は後進者を育てない。ABBAが日本でコンサートを開催した1980年近辺で評論家達のABBA像は止まっている。あれだけ手紙で「ABBAを評論して下さい」とお願いしても「ABBAはもう終わったグループ」だと笑い飛ばされた。
劇団四季『マンマ・ミーア!』が上演された時も評論家もメディアも「『マンマ・ミーア!』は一年ももたない」と言っていた。しかし今月10年目に突入した。メディアも評論家も「背伸び」せずに、わからないことはわかる人に聞く。ビートルズが一番だと言う認識を捨てる。それができないのならABBAがダメだとか、『CHESS』はABBAじゃないとか、映画『マンマ・ミーア!』は最低の映画だ、などと言わないでほしい。
『CHESS IN CONCERT』今から楽しみでしょうがない。1月に東京青山で、2月に大阪・梅田で、それぞれ上演されるので一緒に観に行きましょう!