2002年12月1日。ドイツに遅れること1ヵ月後。ついに非英語圏で2カ国目となる
『マンマ・ミーア!日本公演』が始まった。初日のチケットは、発売わずか数分で完売してしまうほどの
プレミアがつき、アバ・ファンのみならず、劇団四季ファンでさえも取る事ができなかった貴重なチケットとなった。
初日当日は新しく出来た電通四季劇場「海」の柿落とし公演ということもあり、
各界著名人・政治家もたくさん招待され、大変華やかなスタートとなった。
前の週までのプレビュー公演とは明らかに違う雰囲気である。劇場内ではまるで春を思わせるような
きらびやかな衣装を着た観客が目立ち、暖房もいらないほどの熱気に包み込まれていた。
まずはアバの曲のナマ演奏から始まった。鳥肌が立つ。ついにオープニングだ!
待つこと数分。劇場の名の通り場内はまるで「海」にいるような雰囲気に包み込まれた。
幕の色が「海」色に変わり、ゆっくりと幕が開き始めた。「アイ・ハヴ・ア・ドリーム」の曲と共に
ソフィ役の樋口麻美(あさみ)さんが登場した。本番ということもあり、非常に緊張していた様子が伺えたが、
「ハニー・ハニー」の音楽が流れると、乗りの良い観客達が早くも自然に体を揺らし始め、
それに後押しされるように、舞台の俳優達は緊張の糸がほぐれ、プレビュー公演以上の堂々たる演技で
観客を魅了した。「アバの歌詞が日本語に訳されるのはいかがなものか?」と当初は心配していた
マスコミ関係者、アバ・ファンも多かったようだが、劇団四季芸術総監督浅利慶太氏の訳が
見事に観客の心を捕らえ、非常に新鮮にかつ非常に大胆に、
アバの音楽が『マンマ・ミーア!』のストーリーを引き立たせていた。
「マネー、マネー、マネー」、「サンキュー・フォー・ザ・ミュージック」、「マンマ・ミーア」、「チキチータ」…と、
次々にアバの名曲が日本語の歌詞に乗って観客を興奮の渦の中に巻き込んで行った。
特にドナ役の保坂知寿(ほさかちず)さんが豹変する「マンマ・ミーア」の場面では会場内で大爆笑が起こった。
あの場面、プレビュー公演では笑いはあまり起こらなかった。
しかし本番初日のこの場面は、まるで、“浅利マジック”にハマッタかのように、
『マンマ・ミーア!』の日本語訳が見事に観客のハートをキャッチし、観客を爆笑へと導いた。
そして「ダンシング・クイーン」で一気に観客、俳優のボルテージは上がった。
観客と俳優が早くも“一つの輪”になったのだ。
圧巻だったのは「レイ・オール・ユア・ラブ・オン・ミー」の後に出てきた「スーパー・トゥルーパー」の場面。
まるでアバのコンサートを見ているかのような気分を味わえた。きっと22年前のアバ来日コンサートも、
こんな感じでもりあがったんだろうな、と感じた。
「ギミー!ギミー!ギミー!」では色とりどりのカクテル光線が劇場内を照らし、
劇場内が一瞬ディスコ場となった。
「きらめきの序曲」ではさすがに静まり返ったが、前半最後の盛り上がりが
「ヴ-レ・ヴ-」と共に再び観客を圧倒した。
拍手の中、前半は終了した。3分以上も拍手は鳴り止まなかった。
「アンダー・アタック」の曲と共に後半がスタートした。ソフィの悪夢のシーンである。
続く「ワン・オブ・アス」、「エス・オー・エス」と涙する場面が続いた。そして、「マンマ・ミーア!」で
最も人気がある場面との噂も高い「ダズ・ユア・マザー・ノウ」で再び会場は笑いと興奮の渦の中に巻き込まれた。
素晴らしい!素晴らしすぎる!そして、いよいよ後半の山場へと近づいた。
「ノウイング・ミー、ノウイング・ユー」、「アワ・ラスト・サマー」、「スリッピング・スルー・マイ・フィンガーズ」、
「ザ・ウィナー」と会場は一変して涙一色に変わった。あれほど笑いころげていた観客がハンカチを手に手に持ち、
涙を拭いている光景があちこちで見られた。笑いあり、涙あり。
『マンマ・ミーア!』のストーリーの素晴らしさもさることながら、やはりアバの音楽は凄い!
そして、ついにクライマックスへ。「テイク・ア・チャンス」で会場は再び爆笑し、
「アイ・ドゥ、アイ・ドゥ」でまたまた涙し…。
いよいよフィナーレを迎えた。「アイ・ハヴ・ア・ドリーム」の音楽と共に大きな月が天井から降りてきた。
そして、劇は終わった。大拍手が起こった。
大拍手の中、アバの音楽にあわせ、俳優たちが舞台に再登場した。早くもスタンティング・オベイションが起こった。
一人、また一人…。そして「ダンシング・クイーン」が流れると、会場は総立ちとなった。凄い!凄すぎる!!
最後の「恋のウオータールー」では、俳優と観客が一体化した(この曲だけは日本語ではなく、英語で歌われた)。
全てが終った後も「マンマ・ミーア!」への賞賛の拍手は止まらなかった。
しかし残念ながらビヨルンとベニ-は突然になって来日を取りやめ、劇場に姿を現すことはなかった。
英語バージョンの『マンマ・ミーア!』は、やはりアバの音楽に頼りきりになる『マンマ・ミーア!』であると思うが、
「日本語版『マンマ・ミーア!』」は、日本語と言う我々に直接入ってくる言語であるだけに、
イメージではなく、ストレートにアバの歌詞が頭の中に入ってくる感覚に陥った。
ある意味ではショックであり、残酷であり、またある意味ではアバの歌詞は、たとえ何語に訳されようが、
やはり素晴らしいのだと、あらためてアバ音楽の素晴らしさを堪能出来た気がした。
最後の「恋のウオータールー」を敢えて日本語に訳さなかったのは、やはり“アバへの敬意”の現れなのだろう。
日本人の場合、むしろ、この日本語バージョンを観た後に、海外の英語バージョンの「マンマ・ミーア!」を
観ると感動もひとしおではないか、と思う。9月30日まで毎日・毎晩、『マンマ・ミーア!日本公演』は、
きっと満員になるに違いない。しかし、何にもまして、劇団四季の女優・男優が素晴らしいからこそ、
ここまで成功をおさめられたのではないかと思う。しばらくは日本でも『マンマ・ミーア!』旋風が
吹き荒れ続けるだろう。ちなみに、日本公演で最初にスタンティング・オベイションした人物は筆者であった。
なお、この『マンマ・ミーア!日本公演』を幸運にも観に行った日本支部会員3名の感想文を以下に抜粋する。
私は30年前からの大のアバファンです。グレートなアバ曲を日本語になおすのはかなりのイメージダウンになるのではと
心配していましたが心配どころか大変な感動を受けました。歌といい踊りといいもう完璧でした。
私が好きな場面は休憩に入る前のみんなで踊るギミーギミーとブーレブーの踊りそして
最後のウオータールー、マンマミアー、ダンシングクイーン等です。特にみんなで踊る踊りは大変大変感動的でした、
あの激しいすばやい動きにもかかわらず
見事にそろっていました。やはり若さも才能もあるでしょうか、皆厳しい厳しい練習を積んだ成果なのですね。
本当にすばらしいです。あれだけ上手に踊れればさぞかし自分たちも気持ちがいいだろうなとも思います。
皆のっていました、心から楽しそうでした。今でも私の頭の中はあの踊りのシーンが
焼きついていていっぱいです。お金があれば毎日毎日通いたいくらいです。それこそマニーマニーマニー!です。
野口理恵子
ロンドンで初上演されて、大好評の噂を聞き、いつかは見てみたいと思っていました。
そんなところに、ミュージカル「キャッツ」等で実績のある劇団四季で『マンマ・ミーア!』を日本で上演することを聞き、
大変期待をしていました。最初にABBAのメロディーが流れ、ここで、ABBAのファンの僕としては、
すでに感動。そして、開幕。見る前は歌詞が日本語に訳されることとABBAの曲に合うのかどうかに不安がありましたが、
さすが定評のある劇団四季、一気に不安が吹き飛びました。特に、ドナ・ターニャ・ロージーの3人による
「SUPER TROUPER」は、必見です。また、休憩後の「UNDER ATTACK」は、シリアスではあるが、
コミカルでとてもおもしろかった。劇中は、ABBAのヒット曲が盛り沢山で、曲の使い方も曲の
イメージどおりに使われており、ABBAのファンとしてはとても感激しました。
最後は、「I HAVE A DREAM」で終わるのですが、この不景気で暗い時代に「夢を持とう」
「勇気を持ってやってみよう」と言うメッセージは、とても勇気づけられて、
元気がわいてくる感じがしました。 千葉博史
12月1日、プレミア当日。会場に入ると、たくさんの報道のカメラがあり、緊張しました。
前から8列目というとてもいい席をゲットすることができました。曲はどんどん続きます。
”マネー・マネー・マネー”はイギリスのオリジナルとは違いとてもシンプルに歌われていました。
ドナ役の保坂ちずさんの歌声もすばらしく、感動させられました。
僕の大好きな曲”サンキュー・フォー・ザ・ミュージック”。日本語になるとどういう感じなのかな?とちょっと期待、
少しは不安でしたが、オリジナルの歌詞と日本語が良く合っていたので、うれしくなりました。
”スーパー・トゥルーパー”は、アバのオリジナルのコーラスを忠実に再現したような歌でした。
いきなりの大音量で、”アンダー・アタック”が始まった第二幕。不思議な雰囲気でした。
”ザ・ウィナー”は、やっぱり、アグネタに歌ってもらいたかったですね。
”テイク・ア・チャンス”で’ハニー、私フリー’という日本語を言ったとき、会場からは、笑いが起こりました!
僕も思わず噴出してしまいました。
”アイ・ハブ・ア・ドリーム”でミュージカルは、終了しましたが、
この後のカーテン・コールがまたすごい!みんな総立ちで、”ダンシング・クイーン”、”ウォータールー”を
日本支部長竹内さんと共に大声で歌いました。
この体験は、僕にとってとても貴重なものとなりました。
最後に、アバ・ファンクラブの会長ヘルガ、日本支部長の竹内さん、劇団四季、その関係者、
そしてアバ本人にとても感謝しています。Thank you for the music! – 音楽をありがとう!
なかむらよしまさ
1980年3月に最初で最後の来日コンサートを行ったアバ。
あれから22年が過ぎた。あの時の感動を知っているファンも、そうでない人も、
今、『マンマ・ミーア!』を観て、アバの音楽の素晴らしさを再認識している。
そして“一つの輪”になって、『マンマ・ミーア!』を楽しんでいる。
かつて、アバの“最後のコンサートの地”となった日本が、今度は非英語圏に向けての
『マンマ・ミーア!』の“始まりの地”となったわけだ。日本語がわかるアバ・ファンも、
日本語がわからないアバ・ファンも是非、劇団四季の「マンマ・ミーア!」日本公演を観ていただきたいと思う。
尚、日本公演の問い合わせは以下の通り。9月30日まで延長決定!
劇団四季:https://www.shiki.gr.jp/index2.html
写真提供:劇団四季